お侍様 小劇場

     “夏も盛りの” (お侍 番外編 118)


今年の夏も凄まじい勢いで猛暑が襲う日本でございまし。
直前の梅雨時期に、
何の前倒しか早々と台風が暴れて大雨が続いたから尚のこと。
湿気による蒸し暑さと、
日照りがもたらす射るような痛い暑さとの複合した、
最悪の猛暑がほぼ前触れなしにお目見えしたといえ。

 「蝉の声が極端なんですよね。」
 「セミ、ですか?」

ええと頷いた七郎次が、
ほの甘い微笑をその口元へと含んだまま、
軽く小首を傾げた優美な仕草のほうにこそ、
ついつい見とれてしまった平八だったが、

 「………あ。」

言われてみればと気がついたのが、

 「そういや聞こえませんよねぇ。」

見やった窓の外には、
油を染ませた紙へ塗ったような、腰の強そな青い空。

  だがだが……あれあれ、おかしいなぁ?

明け方からすぐにも、
もう鳴いてるよ元気だなぁって思うほど、
しゃんしゃんしゃんと何匹もが五月蝿かったのに。
まだお昼前の午前中であるにもかかわらず、
風と一緒に暑さに負けたか、
じりとも動かぬ木立の陰と同じく押し黙っているばかり。
それと今 気がついたらしい平八が、
これのことですねと、あらためての視線を送って来たのへ、

 「むしろ、
  鳴き声が聞こえてたうちの方が涼しかったなぁって。」

苦笑混じりに応じた七郎次であり。
眉を下げての困り顔だったにもかかわらず、
それでも“心からうんざりしております”とは聞こえなくって。

 “風流なお人ですよねぇ。”

蒸し暑さのおまけのような蝉の声さえ、
彼にかかってしまえば、
秋口の宵にお目見えの虫の声と同じ扱いなのだろうと思われ。
心にゆとりがあるってのは、
この七郎次のような人のことを言うのだなぁと。
今日のお茶受け、五郎兵衛謹製の水羊羹を、
つるんと味わいつつ、
今日ばかりは
“涼しいなぁvv”も嵩増しされたような気がした平八だった。






昨年も、いやさ ここ数年の暑さは、
風鈴や打ち水、たらい水に水うちわなどなどという、
それならそれでと編み出された、
昔ながらの風流な暑気払いが絵になった、
そんなレベルを遥かに越えている凄まじさであり。
からりと晴れていたはずが一気に黒い雲が押し寄せて、
バケツを引っ繰り返したような勢いで降り出すにわか雨や夕立も、
古くからあった現象であるにもかかわらず、
今時のそれはなかなか止まなかったり、振り落ちた雨がすぐにも氾濫したりと、
すぐにも牙を剥く過激なそればかりなのは、
人の住む環境の近代化も勿論あろうが、
ゲリラ雷雨と呼ばれるほどもの強い低気圧がすぐにも生み出されてしまう、
地球規模での温暖化と列島近辺の亜熱帯化も忘れちゃあならないと思われる。

  ……などという小難しいお話は置くとして。

そういや昨年は、
から梅雨かと思われたそれが
終盤盛り返すように大雨続きになったものだから。
土中から這い出る機会を微妙に逸したか、
夏らしい日和になっても
蝉がなかなか鳴き出さなかったのを覚えている。
ところが、秋口の宵の虫の奏では暦の通りに聞かれたので、
雨に祟られた訳でなし…という差かなぁと、
妙なところで感慨を覚えたのだけれど。
かように、昨今の環境の変化は
鈍い人間が気づいてるほどなのだから、
虫や動物たちにも色んな格好で堪えているに違いなく。

 「ヘイさんは
  作業に取り掛かると
  周囲のあれこれが耳目に入らなくなるお人なので、
  あんまり気がつかないんですよねと仰せでしたが。」

その分をゴロさんが、
夏らしいお料理やお菓子を作ってくれたり、
夏祭りが間近いからと話してくれて、
仕上げの日程の調整を手伝ってくれたりするのですって、と。
ご近所の神社まで出てって、子供たちへのラジオ体操の指導をしてののち、
午前の鍛練と竹刀を振って来た次男坊こと、久蔵へ、
微笑ましいお話でしょう?と、ともすれば楽しげに語る七郎次であり。
それへ、
『それって単なるお惚気じゃないの?』と突っ込めるだけの
蓄積があったり、はたまた機転が利いたとしても、
こちらの彼が相手じゃあ、
そんな攻性の強い口利きなぞしなかろう、
こちらもこちらでおっ母様にはべた甘な久蔵。
ふ〜んという やや薄めの表情を乗っけたお顔でいたものが、

 「…これと?」

ふと気づいたように、
自分が手にしていたカットグラスを目の高さまで持ち上げる。
中に満たされてあったのは、麦茶に似ているが実は冷やした飴湯で。
久蔵が生まれ育った木曽の屋敷も結構な旧家だったけれど、
この何とも風情のある夏の飲み物は、
こちらへ上京して来てから七郎次に作ってもらって知ったもの。
冬場のしょうが湯とも微妙に違い、
いかにも夏のという感のする味わいがして、
久蔵にとっては大好きなサプリドリンクでもあるのだそうで。
そこのところを、先の短い言いようで尋ねた彼だったのへ、

 「ええ、同じですvv」

あっさり通じて、
しかもそれをも喜ぶように
そりゃあ嬉しそうに微笑った七郎次であったので、

 「………。///////」

いえあの、そんなと、
もじもじ面映ゆげに口許をむずむずとさせてしまった、
高校王者の剣豪だったりし。

 “可愛いものよの。”

別の日曜に、レセプションのバックアップとして休日出勤した埋め合わせ。
今日は振替休日で在宅だった勘兵衛が、
そんな家人二人の睦まじさへ、
読んでいた新聞の記事へ集中している振りを通しつつ、
度の軽いメガネの陰にてこそりと苦笑をする。
七郎次は久蔵の、幼さの濃い“至らなさ”が愛しくてしょうがなく。
久蔵は久蔵で、七郎次のほんわりと柔らかな“線の細い”優しさへ、
芽生えつつある庇護欲を刺激されてしょうがないのだろうと思われて。

 “あれで得物を手にすれば、どんな鬼でも祓えるだろう猛者だというに。”

久蔵の刀さばきは、竹刀や木刀どころか真剣を振るっても、
勿論のこと 冴えての鋭い必殺のそれだと 誰もが認める逸材であるし。
七郎次もまた、師事を受けていた流派の槍では免許皆伝の身。
長柄は間合いへ入られると不利というのも、不慣れな身で扱えばの話であって。
柄の部分で自在に間合いを伸縮させられ、
且つ、切ったり突いたりするばかりじゃあなく、
棍棒のように殴打という格好でも扱えるとする機転が働けば、
実は応用が最も利く最強の武具でもあって。
そんな彼らだと知っているからこそ、その落差もまた微笑ましいと、
苦笑が絶えない倭の鬼神様だったりするのだが。

 「……………っ。」

そんな身であればこその過敏さをもって来ずとも拾えた気配。
昼食前のひとときを柔らかな談笑で過ごして、さてと。
今日はねゴロさんからもぎたてのトウモロコシをいただいたので、
それをテンプラにして、おろしそばに付けましょうねと、
お昼ご飯の支度に立ち上がった七郎次であったのだが。
居間から出かかった彼の足がふと止まり、
何かに気づいたというような所作を見せる。
何でもない態度のはずが、だのに、残りの家人へおやと感じさせたのは、
目視ではなくの耳や感覚で探しているかのような、
そんな及び腰な姿勢で立ち止まったままでいるからで。

  ………ということは

苦手な人ほど気配に敏感というのは本当なようで。
にぎやかなまでに騒いでなぞいなかったけれど、
だとはいえ、シンと静まり返っていた訳でなし。
セミの声は やっぱりしないが、
ご近所のご家庭から洩れる、
掃除機の音や布団を叩く音など家事へと付随する物音だの、
少し離れるとはいえ、通りを行き来する車の音もする。
電線にでも留まっているのか雀のさえずりも聞こえるし、
風が揺らすらしき梢からの木葉擦れの音だって立つというに。
それらにあっさりと紛れるだろう微かな音が、
しっかり者の七郎次をここまで凍らせているのであり。

 「………。」

常に視野の内へ入れているせいだろう。
そんな不自然な立ち止まりようをした七郎次へ、
真っ先に気づいたそのままソファーから立って行ったのが久蔵ならば、

 「シチ。」

呼ばれてびくりとしたけれど、
そのまま身動きが侭ならぬ様子の七郎次なのへ。
何だ何だと眉を寄せた次男坊の肩に手を置き、
そのまま要領よくも七郎次の懐ろへと押し込んだのが勘兵衛であり。

 「戻っておれ。」

元居たリビングへ戻れと、
響きのいい声で指示した彼だったのへ。
有無をも言わさずの頭ごなしというのがむかついたか、
ちょっぴりムッとしかかったものの、

 「〜〜〜。」

そんな自分をぎゅうと抱く腕に
震えながらも力がこもったことが、
代わりに翻訳してくれたようなもの。
ああそうか…と、やっとのこと気がついて、

 「……。(頷)」

勘兵衛へと頷き一つを残し、
おっ母様をいたわるよう、
その背へこちらからも腕を伸ばしてやって、
さあ戻りましょうとエスコート。
そして、そんな彼らが去るのも待たず、
滅多に使わぬが実はあったんですよな、
壁の中へ引き込まれてある引き戸を、
スルリと引っ張り出して、それは手際よく閉じた勘兵衛であり。

 “そういえば、今年はこれが初だろうか。”

こやつらの世界でも暑さが堪えているものだろか。
いやいや、七郎次が殊更清潔を心掛けておるからだろうと、
妙なことでさえ女房自慢を咬みしめながら。
先程まで読んでいた新聞を、筒のようにくるくると丸めての得物とし、
かさり…と微かに立った物音 目差し、
過ぎるほど真摯なお顔で立ち向かう。

  さて、ここで問題です。(………おい)




   〜Fine〜  12.08.01.


  *暑中お見舞い申し上げたい。

   つか、壁紙と全然趣旨の違うオチですいません。
(笑)
   今年は妙なことに まだGを見ないなぁ、
   暑いからかねぇと話題にしたところ、
   二階で寝起きしている顔触れが、
   冗談じゃないぞと憤然としましてね。
   もう何度もデカいのと遭遇していて、
   もーりんが居合わせなんだ折だったので、
   彼女らだけで必死で退治してたらしい。
   ……相手を選んでるんだろうか、今年のG。
   家族の中で一番の強敵が判るとか?(おいおい)

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